温泉街の異形 別府グローバルタワー

塩屋埼灯台 ~見えぬ心を照らしておくれ~


地元では「豊間の灯台」と親しまれている塩屋埼灯台。
灯台守の生活を描いた1957年公開の「喜びも悲しみも幾歳月」のもととなった田中きよの手記が発表されたのは彼女がこの塩屋埼灯台にいた時期だそうです。また美空ひばりの「みだれ髪」でも歌われており「ひばり灯台」と呼ばれることもあるとかないとか。日本の灯台50選。




灯台の建つ塩屋崎近海は古くから航海の難所と言われておりました。
灯台資料館の資料には平安時代に京都から来た僧が、地元漁民の願いを聞いて常夜灯を建設したともあり、これが「初代の灯台」と言ってもいいかもしれません。
時は流れ1899年(明治32年)12月15日、高さ35.3mでレンガ造りとして歴代で最も高い塩屋埼灯台が初点灯しました。
当時は白と黒のツートンカラーでフランスから輸入したレンズを使用していたそうですが、1938年に発生した福島県東方沖の地震でレンズが大破、灯台自体も大きなダメージを負い取り壊しとなりました。そして1940年(昭和15年)3月30日、現存する2代目(常夜灯除く)の塩屋埼灯台が完成し、今に至ります。

灯台の高さは27.32m、海面から灯火の高さは約78mで光度は44万カンデラ。光達距離は22海里となっております。
常時内部公開がされている所謂「参観灯台」で上からの眺めは抜群…柵が低くて正直ちょっと怖い。




なお初代の灯台の建設主任は山本哉三郎で、彼はこの灯台の他男木島灯台(1895年)、経ヶ岬灯台(1898年)、水ノ子島灯台(1904年)などの建設にも関わっていたそう。

初代の灯台(展示資料より)

訪問時、鯉のぼりならぬ鰹のぼりが揚げられておりました。これはいわき市四倉町の諏訪神社で端午の節句にあわせて揚げている鰹のぼりをこの灯台でもやってみたものだそうです。今年が初。今後も続いていくのかな?





2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災ではこちらの灯台も被害を受け、一時的に消灯しておりましたが同年11月30日に再点灯。長らく停止されていた内部公開も2014年2月22日に再開しました。



塩屋埼灯台(しおやさきとうだい)
Address : 福島県いわき市平薄磯宿崎34
駐車場:有(無料)

2021年7月訪問



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